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2010/04/06
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カテゴリ: 楠 佳和 :
執筆者: kusunoki (1:20 pm)
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桜の季節、今年も花見を存分に何度も楽しんだ。 実際、花を楽しむというよりは、花より団子を楽しんだような気がする。 ある意味、毎年の事なのだが・・・(笑) 今年も船の上からの花見と地上(屋内/屋外)での花見があったが、屋外での花見で沢山の若者が思い思いに楽しんでいる様子を見ていた時に、大きな声で「おめでとう!!」「おめでとう!!」と声に、つい興味を持ってしまった。 何が「おめでとう!!」なのだろうか・・・と、人間観察が好きな私の興味度が高まった。 様子を見ながらよくよく会話を聞いてみると、どうやら希望の企業に就職できて、この春からそこで働き始める仲間がいるということでの「おめでとう!!」の連呼だった。 なんとも嬉しさが伝わるものだった。 私は一体どの若者なのだろうかと見回したが、結局は分らなかった。 しかし、きっと好青年なんだろうな・・・・と勝手にイメージしていた。 確かに、桜の時期というのは、新しい旅立ちのようなイメージがある。 実際に4月に入り、世の中には新入社員が社会人デビューしてきている。 どんどんと、これからの日本をよくしていっていただきたいと思う。 新入社員のように新しい世界に飛び込むという事は、新しい発見を受け止めるという事でもある。 昔も今も、どんな人でも、場面がビジネスであれパーソナルであれ、新しい領域に入っていった時に必ず気付くのは、これまでいた領域と新しい領域のギャップである。 それを「違う」と感じるか「新しい」と感じるか、とか、「楽しい」と感じるか「つまらない」と感じるか等は本人次第なのだが、そのギャップによって、人間は様々な事を感じ自分で対処をして成長していく。 人が自己成長を確認する時は、成長前と成長後の変化を比べるのが簡単にである。 特にそれが数値化できるような指標があるのであれば更に簡単であるが、実際に数値化できるのは、ビジネスの現場等のように、ある特定の場面に限定した指標が多いように感じる。 個人的に思うが、ビジネスの現場等のような特定な場面だけではなく、やはり数値化はできなくても、コミュニケーションの視点で他人と付き合う上での自分らしい自分というものを、分かっている方が良いと思う。 これは、QOL的な生き方という視点から考えても、同様だと感じる。 では、コミュニケーションの視点での他人と付き合う上での自分らしい自分というのは、どういう確認の仕方があるのであろうか? 対人関係における気づきのグラフモデルで、「ジョハリの窓」というものがある。 自分の中には、 (A)自分も他人も分かっている部分(開放の窓) (B)自分には分からないけど、他人には分かっている部分(盲点の窓) (C)自分は分かっているけど、他人にはわかっていない部分(秘密の窓) (D)自分も他人もわかっていない部分(未知の窓) の4つの領域がある。 ここで図を表記するのは難しいので、説明すると 田んぼの「田」の字をイメージしてもらいたい。 4つの四角が縦横に2個づつ重なっている。 その 左上の四角が(A)開放の窓 右上の四角が(B)盲点の窓 左下の四角が(C)秘密の窓 右下の四角が(D)未知の窓 という4つの窓が描かれた図である。 (イメージが出来難い方は、ネットで「ジョハリの窓」と調べれば出てくるのでチェックしてほしい) 例えば、自分が緑の服が好きで似合うと思って購入しようとしてお店に行った時に、店員から「お客様は赤が似合いますね」と言われて、「赤は似合わないのだけど・・・試しに購入してみようか・・・」ということで購入し、翌日に着たとしよう。 そして、それを見た周り人達から「緑よりも赤が似合う」とか、「以前から赤が似合うと思っていた」と言われた場合は、自分の<A>の領域が<B>に広がったと考える。 他にも、「自分は弱い人間で嫌なんだ」と友人にうちあけたら、その友人から「弱いのではなくて、あなたはとても優しいんだよ」と聞いて楽になった。 というケースも自分の<A>の領域が<B>に広がったと考える。 更にこの場合、友人に「自分は弱い人間だ」という自分の考えを伝えた事により、自分の<A>の領域が<C>に広がったとも考えることが出来る。 このように、自分のプライバシーを話した事により、相手からすると他人のプライバシーを話してもらったという信頼的な対人関係が形成されやすくなる。 こういった事を繰り返し、<B><C>が小さくなればなるほど、<D>が段々表面化してくるようになり、自分でもまったく気付いていなかった潜在的な自分を見つける事ができるようになっていく。 人は色々な人と付き合って「開放の窓」を拡大していく事により、自分自身をよく理解する事ができて、自分らしい自分というものが分かっていくのだと思う。 私は、この「ジョハリの窓」は、花見で出会ったようなこれから働き始める新入社員やいろいろな場面で新しい領域にチャレンジしたりする人だけでなく、普通に生活している人も含め、自分の知らない自分を知っていく事により、個人個人の幸せの感じ方に変化が生じていくと思う。 これはQOL的な視点においても、多くの人に試していただきたい事の1つと思っている。 |
2010/04/01
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カテゴリ: 新道真代(セアビス) :
執筆者: shindo (10:19 am)
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前々回から情報化社会について取り上げているが、そもそも私が考える情報化社会について定義していなかったことに気がついた。なので、今回は情報化社会そのものについて取り上げたい。 私はこのブログに置いて「情報化社会」を「ICT」の技術革新により可能になった社会として使っている。では、「ICT」とはなんだろうか。Wikipediaによると、ICTとは -------------------------------------------------------------------- 情報通信技術(英: Information and Communication(s) Technology、略称: ICT(アイシーティー))。情報の処理(コンピュータ)および伝達(通信)の、工学およびその社会的な応用技術の総称。 -------------------------------------------------------------------- と記載されている。 情報処理と通信は、当初より密接な関係があったが、それぞれ別の分野として扱われ発展してきた。当初は研究機関・大学など限られた施設での利用しかできなかったが、1990年代になり商用インターネットの利用がはじまったこと、また情報端末として個人用PCや携帯電話が普及したこと、そして、それらをインフラとした各種のサービスが普及した。これらの複合的な状況が合わさり今日の「情報化社会」ができあがっている。 ところで、ここまで情報化社会が進んだのはなぜだろうか?もちろん個々の情報処理、通信の技術発達が関与は言うまでもないが、私はソフトウェアの品質向上をあげたい。プログラムコードを書かなくても、キーボードによる文字入力とマウスクリックという簡易な操作で自分の探している情報が見つかり、連絡を取りたい人とコンタクトできる。これはすごいことだと思う。 振り返って、日本をみてみると、日本はネットのなかでは無く現実社会でこのようなことが実現されている。海外旅行から帰ってくるとホント日本はサービス品質が高い国だと実感する。荷物を送りたければコンビニに行けばよい、買い物に行けば一言も言葉を発せず欲しいものが手に入る。これってすごいことだと思いませんか ? |
2010/03/29
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カテゴリ: 澤岡詩野(ダイヤ高齢社会研究財団) :
執筆者: shino (12:56 pm)
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ICTがもたらしたものとは? この問に対して,最も多い答えは「情報」ではないだろうか. 検索データベースを使えば,たちどころに様々な情報が手に入る. 人とのつながりの形にも,大きな変化が起きている. 会う前から,その人物の事を検索できる今. 別れた恋人のその後を検索できてしまう今. 人伝えでしか知ることのできなかった,たかだか十数年前の方が幸せなのか不幸なのか悩ましいところである. 今回お伝えしたかったのはそんな想像力や未練の話ではない. ICTの普及により人類が手に入れたもの,それは膨大な情報を蓄積し,必要なテーマに応じて活用できる,優秀な司書のいる超巨大な図書館. 遺伝子,薬の治験結果,歴史,判例,経済などなど,様々な知の蓄積のもとに新たな発見が成されている. この図書館を宝の持ち腐れにしているのが,社会関係の研究分野といえる. 過去のブログで何度か書いてきたが,日本人の社会関係,特に家族以外の関係を測定する際,共通の指標が開発されていない. 特に高齢期の研究分野においては,生活の中核的存在である子ども,配偶者との関係に主眼がおかれ,友人や仲間といった存在への関心が薄い. 研究の際も,それらへの関心の高い欧米をもとにした概念構成が行われている. 日本人の「友人」と欧米人の「friend」,「仲間」と「mate」,この意味合いは大きく異なるにも関らずである. 当然,測定の指標も研究者によりバラバラであり,いつまでたっても,日本の高齢者にとっての友人,そのQOLに及ぼす影響などを蓄積していくことができないでいる. ここらで,測定概念および指標を整理していくことが急務であるのだが. その問題点を皆が認識しつつも,進まないのが現状である. どこぞの国では,国民の幸福度をはかるとか… 間違っても適当な測定指標で集めた大量データで,「えいやっ,これがあんたの幸せでござい」という事だけはしないで欲しい. さらには,数年おきにデータを縦断的に取っていくなんている無謀な目論みをされているのであれば,今回の第1回目の枠組みを慎重に考えて頂きたいと望むばかりである. 税金泥棒といわれない為にも ![]() |
2010/03/02
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カテゴリ: 鷲頭良太(日本栄養健康センター) :
執筆者: washizu (6:16 pm)
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知らぬ間に私達の健康が侵されている?
6年前にヘルケア事業に携わるようになって感じるようになりました。
そもそも健康ということは私達の多くが意識することですが、果たして今の社会環境は健康づくりに優しい環境なのでしょうか?
例えば日本は世界でも有数の長寿国と言われておりますが、一方で寝たきりが多いということでも有数の国ということは意外と知られてないのではないでしょうか?
現代は産業が発展して便利な世の中と言われておりますが、一方で産業に流れに合わない大切なものが見失われているのではないでしょうか?
例えばこれまで当たり前だと思っていた食と健康ですが、流れてる情報(インターネット、TV番組等)、食品、飲食店など、必ずしも健康に結び付くものではなく、人の食欲を満たす、もしくはその商品を売るに特化し過ぎた環境になり過ぎているのではと考えます。また日本の食文化の根幹である農業・漁業などの第一次産業へのしわ寄せもこの社会システムの中で多くあるのではと感じます。
そこで私の考えるQOLでは、日本が活性化する、それを支える人が元気になる、そしてその根幹である『その人が心身共に健康である』ことをテーマとしております。
そのために『健康』に対する意識ではなく、今後は『健康づくり』に対する意識を高めていくには、また『人の健康により優しい社会』に向けていくには、という点について思うところをお伝えできればと思っております。
有難うございます。 |
2010/03/02
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カテゴリ: 丸ゆかり(WIPH 国際総合知財ホールディングス) :
執筆者: maru (3:53 pm)
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バンクーバー冬季五輪が閉会しました。 といってもほとんど観れませんでしたが(泣) 例えば、オリンピックを目標に頑張っているアスリートのQOLってどうなんでしょう? 選手生活の質は、個人・競技・協会とさまざまなレベルで違いがあるとは思いますが、マイナーな種目の選手ほど十分な環境が整っておらず問題が多いのが現状・・・更にはスポーツ予算の削減でQOLは下降の一途を辿ります。 オリンピックのみならず、どんな競技においても世界大会で歴史に残る成績を納めるには、そんなアスリートQOLの向上が必要なのでしょう。 お金だけがすべてではないが世界に誇れるものが減っていく事は、悲しく恐ろしいことだと感じた 2010年のオリンピックでした。 |


並木幸久(WIPH 国際総合知財ホールディングス)














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